大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大津家庭裁判所 昭和53年(少)163号 決定

少年 M・K(昭三七・六・二生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

理由

(本件殺傷の非行に至る経緯)

少年は、福井県で長男として出生し、二歳時に滋賀県に一家移住し健康に育ち、小学時中学時を通じ気の弱い落着きと根気のない子ではあるが人なつこく素直な性格とみられ、クラスでは人気があり中学三年時には選管委員や会計の役員に選ばれていたが、同学年の夏頃から同クラスのA、Bと交友が始まり同人らの友人である同学年のC方へ出入りするようになり、同二学期の昭和五二年一〇月頃から同人宅を溜り場として上記三名のほかDやその頃同グループに加つたEらの同学年で学業成績の比較的下位の者達が集り、喫煙、飲酒、麻雀の遊興や果は共同して万引行為が始まり、勉強を口実にC方に外泊することもあり、同年一二月に学校側に同家での少年らの喫煙行為が発覚し保護者と共に注意を受けていた。ところでA、C、Dの三名は同一小学校出身で仲間意識が強く特にAは校内随一の腕力者とされていたことから、同人らは別の小学校出身者である他の同グループ員の本少年らを子分扱いにし、殊に同グループのリーダー格であるAは本少年に対し登行時には迎いに来させ、便所に随伴させ、煙草の購入を命令し、万引させた盗品の分前を与えず、授業中に背後の席から足を蹴つて話しかけ、同人の意に従わねば暴力を振う等の侮蔑的態度に出ていたので、本少年はこれに憤懣を抱きながら交遊を続けていたが、三学期の昭和五三年一月に入り高校進学のための受験勉強も気になつて同グループとの交際に消極的な態度を示したことから、本少年に対するAの嫌がらせが激しくなり、夜中にC方に集合させたり、Dに命じて暴力を振わせたりの暴力的言動が益々嵩じてきたので、Aに対する憎悪の念と同人の圧力下からの離脱の願望がつのつていたが、同一月下旬頃本少年と同様の立場にあるEとその憤懣の情を吐露するうち同人に対しAに対する殺意を漏らしたところ、同Eが直ちにこれに賛意を示したことから、その頃より隔日位に深夜同人方を訪れA殺害の計画を謀るに至つた。当初は中学卒業後にA方で就寝中の同人を襲つて金槌で頭を殴打するか首を包丁で切つて放火する等の殺人計画を企てていたが、その間もAを主とするC、D、Bらの少年に対する暴力行為が続いたため二月九日夜E方で同人と会つた際、本少年から「卒業まで辛棒できない」と言い出したことから同月一一日の深夜にA方でその殺害を決行することを取決めるに至り、同一一日昼本少年とEの両名において○○市内のスーパーにて刃渡り約一五センチメートルのステンレス包丁二丁を万引して兇器を用意し、その際も駅前で出会つたAからEが着衣のことに因縁をつけられ足蹴りされたこともあり益々その殺意を高めていた。ところが同日午後八時頃本少年に対しAから「C方へ煙草を持参せよ」との架電があり、同夜Aが他の三名の仲間と共にC方にたむろしていることを知つたが、かねてAのほかの仲間も心良く思つていなかつたことからこの際その全員を殺害しようと企て、自宅から兇器用の金槌一丁と返り血を浴びた際の着替え用のセーター、ズボン各一点を持参して予め打合せていた翌一二日午前一時頃にE方に赴き、同人に上記事実を告げ「一人やるのも四人やるのも同じだから、今夜決行して皆殺しにしよう」と持ちかけ、Eもこれに直ちに賛同したので、両名において前記包丁二丁の柄に滑り止めのためハンカチを巻きつけ、これと上記金槌類を携行して、同日午前二時四五分頃C方付近に赴き同家の様子を窺つていた。ところがそのうち犬に吠えられ同家に集合していたAらに発見されたので、本少年らは急ぎ上記兇器類を付近竹垣内に隠した後、同所付近でAらから「来るのが遅い」と因縁をつけられ、特にEが殴る蹴るの暴行を受けてから、その六名全員がC方二階で雑談して就寝したが、他が寝静つた折をみてEが前記包丁二丁を取出しに行き、その一丁を同じホームコタツで就寝中の本少年に手渡していた。

(非行事実)

少年は

1  上記Eと共謀し、同二月一二日午前五時四〇分頃滋賀県野洲○○○町○○○×××番地の上記C方二階六帖の間において、同室で共に就寝中の上記A一五歳、C一五歳、D一四歳、B一五歳の四名をかねて同人らからリンチを受けたこと等の報復として、同人らが熟睡しているのに乗じて殺害しようと決意し、本少年においてその所持する上記包丁をもつて傍のホームコタツ内で就寝中のBの頸部及び腹部等を数回切刺し、ついでベット上の手前側に就寝中のAの腹部付近目がけて掛布団の上から同包丁を数回突き刺した後、同ベット上奥側に就寝中のDの胸部及び腹部等を同包丁で数回突き刺し、Eにおいてその所持する上記包丁をもつてBの肩部付近を一回突き刺し、ついでホームコタツ内で就寝中上記Bの悲鳴を聞いて起き上ろうとしたCの顔面、背部等を同包丁で数回切刺したが、その際同包丁が手許から滑り落ちたため更に同室に置いてあつた木刀でもつてCの胸部付近を数回殴打する等の各暴行を加え、よつて、Bを同日午前六時〇分頃同県栗太郡○○町○○先を進行中の救急車内において右頸静脈及び腹大動脈刺切創等に基く失血により死亡させ、もつて同人を殺害し、Dに対し入院加療約一ヵ月間を要する胸部、腹部刺創、横行結腸刺傷による汎発性腹膜炎、結腸間膜損傷、空腸損傷、肝左葉刺傷等の、Cに対し加療約一ヵ月間を要する頭部、顔面、背部挫創、多発性肋骨々折の各傷害を負わせたにとどまり、Aに対しては手元がくるつて傷害を与えるに至らず、もつてD、C、Aの三名に対してはその殺害の目的を遂げず

2  業務その他正当な理由も除外事由もないのに、Eと共謀して、同年二月一二日午前二時四五分頃同○○町○○のE方から同町○○○の前記C方前まで刃体の長さ約一五センチメートルの前記包丁二丁(昭和五三年押第一〇号の一五)を携帯し

3  Eと共謀のうえ、同月一一日午後四時頃○○市○○×丁目所在○○ストアー○○○○店四階家庭用品売場において、同店店長○○○○管理の前記包丁二丁(時価計一、八四〇円相当)を窃取したほか、別紙一覧表(編略)記載のとおり、Aらと共謀して、昭和五二年一二月中旬頃から翌五三年二月上旬頃までの間九回にわたり他人の財物を各窃取したものである。

(上記事実の適条)

殺人の事実につき    刑法一九九条、六〇条。

殺人未遂の各事実につき 同法一九九条、二〇三条、六〇条。

包丁携帯の事実につき  銃砲刀剣類所持等取締法三二条二号、二二条。

窃盗の各事実につき   刑法二三五条、六〇条。

(処遇理由)

1  少年の要保護性は、当庁家庭裁判所調査官○○○○作成の昭和五三年三月一八日付少年調査票及び大津少年鑑別所の同月二〇日付鑑別結果通知書記載のとおりであつて、その知能は普通域(IQ一〇四)にあるが根気に乏しいため学力低く、自己中心性、過感性強く、思考判断力未熟な資質であり、顕著な性格異常性は認められないが、家庭は父(建築会社運転手)と少年とは接触、対話に欠け、母(食堂勤務)は最近嫁入した娘のことで少年に対する保護関心が希薄となつて保護不全の状態にあつたことが認められる。

2  しかして、本件殺傷事件が被害者らの度重なる侮辱的言動が直接的誘因であるとしても、その他中学三年生の少年の余りにも短絡的にして残忍なその犯行の要因として、前記資質、家庭状況のほかに考えられるものとして

(1)  在学する中学校側において、本件不良グループの存在を了知しながら、その解体指導に積極性がなかつたこと。

(2)  同グループリーダー格のA少年に対する適切な補導措置が早期に講じられていなかつたこと(同少年の無軌道な行状に困惑していた同人の親は、本件直前の一月中旬頃地元の少年補導センターに相談に赴いていた。)。

(3)  同グループの溜り場で、本件犯行現場でもあるC方の保護者の無思慮な保護態度(同家での中学生の喫煙、飲酒、深夜の集合等を容認していた)。

(4)  同グループ内で本少年と同様の立場にあり同じ被害者的意識を持ち、同じ地区出身で小学校以来の親友であるため、その共感度が一致、増大して本件兇行に突走つたとみられる共犯のE少年の存在。等が挙げられ、特に共犯少年の存在がその兇行の決意、実行に大きな影響を及ぼし、単独ではなし得たかどうか疑問な事案ではあるが、しかし、その決意、実行の両場面において本少年が主導的、積極的態度を示しているもので、この点と本件非行の態様、殊に、本件兇行を計画し実行に至る間別段躊躇した気配もなく、一人殺すも数人殺すも同じという発想の下に就寝中の多数人に対し無差別に包丁で切る突く等の攻撃を加え、同兇器は平然と万引行為により入手していること等の諸点を考えると、本少年の規範性の欠如(なお、本少年らは本件殺傷行為を人知れず遂行する予定であつたが、犯行後Aが健在であることを知り、また、自らも負傷していたことから迯走を諦め、当初他の被害者らと同様の被害者の立場にあるように装つていたものである。)と思慮浅薄な社会性の未熟は顕著であり、前記資質面の負因とともに本少年のかかる人格が本件非行の基因をなすものとみられる。

3  以上により、本件非行は初回係属にて急性不良感染非行の面があるとしても、本件事犯の重大性を勘案するとともに、少年の前記性行の改善、是正を図り健全な育成を期するには、相当長期間矯正施設に収容保護を加え、生命の尊重、遵法精神、罪償意識等の規範力や情操、耐性、自制力等の涵養、陶冶により社会的適応性を養成する要あるものと認めるところ、少年は本件殺傷の犯行時に右手関節部切創の自傷を負い、今後数ヵ月間の外科的治療(再手術の要も考えられる)等の医療措置を要するものであるから、医療設備のある少年院に送致するのを相当と思料し、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条五項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 土井仁臣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例